一遍上人語録
門人伝説
門人伝説100
また上人、筑前国にて、ある武士のやかたにいらせ給ひければ、酒宴の最中にて侍りけるに、家主、装束ことにひきつくろひ、手あらひ口すすぎておりむかひ、念仏受けて又いふ事もなかりければ、上人たち去り給ふに、俗の云やうは、「この僧は日本一の誑惑の者かな。なんぞ貴き気色ぞ」といひければ、客人のありけるが、「さてはなにとして、念仏をば受け給ふぞ」と申せば、「念仏には誑惑なき故なり」とぞいひける。
上人の云(いわく)、「おほくの人に逢いたりしかども、これぞまことに念仏信じたるものとおぼえて、余人は皆人を信じて法を信ずる事なきに、この俗は依法不依人のことわりをしりて、涅槃の禁戒に相かなへり。珍しき事なり」とて、返す返すほめ給ひき。
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