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念仏札

一遍上人語録

門人伝説

 門人伝説83

また或る人、浄土門の流々の異議を尋ね申して「いづれにか付き候べき」と云々。

上人答へて云(いわく)、「異義のまちまちなる事は、我執の前の事なり。南無阿弥陀仏の名号には義なし。もし義によりて往生する事ならば、もっともこの尋ね有るべし。往生はまたく義によらず、名号によるなり。

法師が勧むる名号を信じたるは往生せじと心にはおもふとも、念仏だに申さば往生すべし。いかなるえせ義を口にいふとも、心におもふとも、名号は義によらず、心によらざる法なれば、称すればかならず往生するぞと信じたるなり。

たとえば火を物につけんに、心にはなやきそとおもひ、口になやきそといふとも、この詞にもよらず、念力によもらず、ただ火のおのれの徳として物をやくなり。水の物をぬらすもおなじ事なり。

さのごとく名号も、おのれなりと往生の功徳もちたれば、義にもよらず、心にもよらず、詞にもよらず、となふれば往生するを、他力不思議の行と信ずるなり」。

 

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